規制緩和がもたらすノイズ

電力線搬送通信(電灯線インターネット、電力線インターネット)に2〜30MHz(短波帯)を用いるという提案と同時に、漏れ電波の規制緩和が提案されています。当頁では この規制緩和の危険性を指摘します。

文責:JL4CVB 鹿山 (kayama@sannet.ne.jp)

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規制緩和?

法務省の発表によると、「電力線搬送通信の2〜30MHz(短波帯)利用」と「ノイズへの規制緩和」が同時に要望されています。

450kHz以上、特に2MHz以上の周波数帯域の使用を認めて欲しい。また、その際の妨害波に対する規制レベルは、欧米と整合させて欲しい。

この、同時にってのが臭いんです。まるで「電灯線インターネットやるからにはノイズが出るのは当然。これを規制緩和で合法化して欲しい」と言っているようで。
ちなみに「欧米と整合」の部分は1998年の規制緩和要望で触れられており、「30m法30μV/m」と書かれています。つまり、「発生源から 30m離れた地点で30[μV/m] の電界が観測できなければ合法とする」ということです。


電圧と電力、電界強度と電力密度

まず、ノイズの電界強度と電力密度の換算方法について述べます。

電圧 E [V]・電流 I [A]・電力 P [W] の関係は

P=IE (電力の法則)
E=IR (オームの法則)よって、
P=E2/R、E=(P/R)1/2

となります(R [Ω] は抵抗)。

電界強度 Ee [V/m] ・磁界密度 He [A/m] ・電力密度 Pe [W/m]の関係もまた同等で、この場合の R は真空中で電波が伝搬するときの特性インピーダンス 120π になります。

Ee = (Pe×120π)1/2
Pe = Ee2/120π

よって 電圧が電力の平方根に比例するのと同様に、電界強度もまた電力密度の平方根に比例します。

そもそも、30m地点で測定とは?

電灯線や屋内配線が遙か30m先にある様子を.....想像できますか?

家屋の密集している日本、特に都市部では ノイズ源である電灯線および電灯線モデムからの距離を30mも取ることは不可能です。せいぜい10mが良いところではないでしょうか。

電灯線モデムのように ノイズの源が点である場合、電波は球状に広がっていきます。半径 r [m] の球の表面積は 4πr2[m2] ですから、ノイズ源から r [m] 離れた地点での電力密度 Pe [W/m2] は r-2に比例(距離の二乗に反比例)し、電界強度は距離に反比例します。

ノイズが電灯線そのものから放射される場合は、電波は円筒状に広がっていきます。半径 r[m] 長さ l[m] の円筒の表面積は 2πrl[m2]ですから、ノイズ源から r [m] 離れた地点での電力密度は r-1に比例し、電界強度は r-1/2に比例 つまり距離の平方根に反比例します。

以上の結果を基にすると、10m離れた地点での電界強度は3倍にあたる90[μV/m]または 1.73倍にあたる 52[μV/m]となります。

注1)計算を簡単にするため、現時点では以下の要素には触れないものとします(コンピュータシミュレーションによる実験が必要になりますので...)


電界から受ける信号強度

こういった 30[μV/m]、52[μV/m]、90[μV/m]という電界強度は 何を意味するのでしょうか?
この電界の中に 7MHzの半波長ダイポールアンテナを置くと仮定してみましょう。

半波長ダイポールアンテナとは、波長の1/4の長さ(7MHzでは10m)の線を逆方向に一本ずつ張ったアンテナのことです。

電界強度 Ee [V/m] を持つ電界から受ける単位面積当たりの電力密度 Pe [W/m2]は

Pe = Ee2/120π

とされます。半波長ダイポールアンテナの実効面積(アンテナが電界を捕まえる範囲を表す面積)は およそ

(λ/2)×(λ/4)
λは波長 [m]

とされていますから、半波長ダイポールが電界から受け取る電力 Pd[W] は

Pd = Pe×(λ/2)×(λ/4) = (Ee2×λ2)/960π

となります。そして半波長ダイポールの放射抵抗が72Ωであることを考えると、電力の法則 およびオームの法則により、受信機に入る電圧 Vd [V] は

Vd = √(72×Pd) = Ee×λ×√(72/960π) ≒ Ee×λ×0.155

となります。

実際には電界強度は9-10kHz幅で計測されるのに対し、短波通信で主に使用される電波形式SSBは帯域が 3kHzと狭いため、SSBで受信したときの電力 Pd は 0.3倍、電圧 Vd は平方根で0.548倍になります。AM(帯域6kHz)では0.775倍です。よって、

Vd(SSB) = Ee×λ×0.085
Vd(AM) = Ee×λ×0.12

となります。このように、受信機に入るノイズ電圧は電界強度に比例します。

以上の計算による結果を表に示します。周波数は7MHz(波長 40m)とします。

電界強度[μV/m]信号電圧(SSB)[μV]信号電圧(AM)[μV]
30102144
52177250
90306432


念のため、実測例としてドイツでの実測データを挙げます。下の二行、PLC(Power Line Communication)が電灯線インターネットの実験例です。

「PLC 15dB(μV/m) SSB」は 15dBμ[V/m]≒5[μV/m]の電界下におけるノイズを、「PLC 80dB(μV/m) SSB」は 80dBμ[V/m]=10[mV/m]の電界下におけるノイズをそれぞれ測定した結果です。

電圧をデシベル表示するときは 20dB=10倍で、単位には dBμが用いられます(0dBμ=1[μV] )。
電力をデシベル表示するときは 10dB=10倍で、単位には dBm が用いられます(0dBm=1[mW])。
今回の計算結果実測例
E=5[μV/m]17μV 12μV
E=10[mV/m]34mV 21mV

簡単ながら、計算値と実測値の間が 3〜4dB程度の差で一致していることが示せたと思います。


ノイズの威力

さて、ではこの 102[μV] または 306[μV]という電圧が受信機でどのように聞こえるのでしょうか。

昔から通信業界ではS幾つという言い方で信号の強さを表してきました。これは正確な測定器を持っていないことが多かったためで、今でも信号強度を見るメータは「Sメータ」と呼ばれ、このメータにはS1〜9,+20dB,+40dB,...と刻まれています。

業務用通信機の「Sメータ」は以下のように構成されています。信号の電圧を基準としていますので、20dBが10倍を意味します(電力は10dB=10倍)。

アマチュア無線機や市販の短波受信機の Sメータは目安でしかなく、また各機種によってその値はマチマチです。傾向としては業務機よりメータの感度が(受信機の感度ではありませんよ)鈍い傾向にあるようです。
釘を差しておかないと、「無線機のSメータが振らないから大丈夫」なんていうことを言い出す人達がいますからねえ。
関西実験で「Sメータが振れなくても可聴範囲にある」ことを示しているのですが、見てないのでしょうか。
S評価値電圧(50Ω終端)聞こえ方の目安
S9+60dB50mV
S9+50dB15mV
S9+40dB5mV
S9+30dB1500μV
S9+20dB500μV
S9+10dB150μV
S9 50μV ノイズ無し。完全に聞き取れる
S8 25μV
S7 12.5μV 多少ノイズもあるが、全く問題ない
S6 6μV
S5 3μV 集中すれば十分聞き取れる
S4 1.5μV
S3 0.75μV 集中しないと聞き取るのが難しい
S2 0.3μV
S1 0.15μV聞き取るのが非常に困難

ちなみに、一般的な短波通信機の感度(メータの感度ではありません)は S/N比10dBの信号で0.2〜0.5[μV]です。この値は短波帯に元から存在するノイズによって決められておりますので、10万円のアマチュア無線機から200万以上の業務用通信機まであまり変化は有りません。

短波帯通信機の性能は 混信や混変調を除去できるか否か、大ざっぱに言えば強い信号の隣にいる弱い信号が潰されずに聞き取れるかどうかによって決まります。

上の表を元に、各信号電圧におけるSの評価を列挙しました。

電界強度[μV/m]信号電圧(SSB)[μV]S評価
30102S9 + 6dB
52177S9 + 11dB
90306S9 + 15dB
電界強度[μV/m]信号電圧(AM)[μV]S評価
30144S9 + 10dB
52250S9 + 14dB
90432S9 + 19dB

表を見て頂ければ解りますように、102[μV]という電圧を持つノイズはS9+6dBに相当します。つまり、本来うるさいほどに強力なはずの信号が 完全にノイズに埋もれて聞こえなくなることを示します。これだけで小電力(数十ワット程度)の短波通信は非常に困難になることが御想像頂けると思います。

さらに、432[μV]ですと S9+20dBに相当します。このレベルになると短波放送の受信にも重大な影響が出ることが予想されます。東アジア以外の短波放送 特に出力が数Kw規模の局の放送は受信出来なくなるのではないでしょうか(受信される信号強度は送信出力の平方根に比例します)。


結論

「30m法30μV/m」というノイズは 直接入ったとすると短波帯を殲滅させるこの上なく危険なしろものであることがお判り頂けたと思います。

ノイズ源から10m離れた場所にダイポールアンテナを設置したとき、受信機の受けるノイズ電圧が 0.25μV以下になるためにはどの程度まで電界強度を抑える必要があるかを計算してみましょう。

3.5MHzでは 0.05[μV/m]
5MHzでは 0.07[μV/m]
7MHzでは0.1[μV/m]

です。「-20〜-10dB [μV/m](0.1〜0.3 [μV/m]) 」といったところでしょうか。


他に考えられる影響

決定機関である総務省および検討を行っている電波産業会は「既存の無線通信に妨害を与えないことがあくまでも前提」という認識に立っておりますので、PLCモデム開発メーカーもアマチュア無線の周波数領域を外すように設計しているようです。

しかし、短波放送など他の業務は電波が強いからノイズをかぶせて良いかというと、それも違うと思います。送受信の設備もピンキリですし 伝搬が空任せですので、無線業務やPLCから漏洩する受信電圧を一般的に規定することが非常に難しいと考えられます。 アマチュア無線の周波数領域をはずしたとしても

といった現象が生じたときは やはり「既存の無線業務に妨害を与える」と見なされます。こればかりは数多く実験を行うしかないでしょう。


実際にはどれだけ漏れるのか:ドイツでの実験例

PLC and xDSL Situation in Germany」には 電灯線インターネット設備から漏れる電波の電界強度を示唆する記述があります。

測定に当たった距離が詳細に書かれていないので推測が混じりますが

「 -40dBm/Hz (10kHzあたり1mW)の密度の電力を用いる設備から 3m 離れたところで 80dBμ[V/m](10[mV/m])、1000m離れたところで 15dBμ[V/m](5[μV/m])」

程度ではないかと思われます。 -50dBm/Hz なら 70dBμ[V/m]@3m、-5dBμ[V/m]@1000mですね。


実際にどれだけ漏れるのか:磯野氏の実験例

磯野氏が SG や発信器を使って実験を行っております(実験1実験2)。その結果はなかなか驚くべきと言うか...。

ちなみに、電波法施工規則6条により SG を用いた実験は免許不要です。

実際にどれだけ漏れるのか:関西実験の例

関西実験(2001-11-23)では、HomePlug規格に準拠した -80[dBm/Hz](アマチュアバンド)、-50[dBm/Hz](それ以外)に準拠した高周波電力を SG から仮想電線に流し、10m離れた受信設備(ダイポールアンテナと受信機)での影響を見ました。

組み合わせによってはIC-736 のSメータが振れないとこともありましたが、そのときでもSGからの信号は聞こえていました。このような状況で「Sゼロでした。無問題です」と判断するわけにはいきませんので、正確な表現のために SGからの信号が聞こえなくなるまでSGの出力を下げる実験を行っています。

結果や考察は以下の文献を当たってください。

実際にどれだけ漏れるのか:JARL / ARIB合同実験の例


欧州の規則案 NB30

また、「PLC and xDSL Situation in Germany」には NB30 という漏れ電界規則案が載っています。これは、「距離 3m 帯域 10kHzまたは9kHz」という条件における漏れ電界の上限を定めた欧州の規則案です。

f[MHz](周波数)制限値 dBμ[V/m] 制限値 [V/m]
0.009〜140 - 20(log10f) 100〜
1〜3040 - 8.8(log10f) 20〜100
30〜1000 27 20
1000〜3000 40 100

ついでにグラフも載せてしまいましょう。縦軸は電界強度(単位 dBμ[V/m])、横軸は周波数(単位)[MHz]です。

この規則案に従えば 高出力(-40dBm/Hz:10kHzあたり1mW 程度の出力)の電灯線インターネット設備をそのまま世に出すこと出来ません。SIEMENSは導体のパイプに入れる chimney approach で対処しようとしましたが、結局この分野から撤退したとあります。NB30規格に適合する低出力電灯線インターネット装置は 現在各社で実験中という段階であり、フィンランドでは「PLCには技術的課題が多すぎる」として PLC導入が見送られています参考資料:PDFデータ)。

しかし、この規則案に従ったとしても結果は10m離れてS9のノイズであるため、アマチュア無線家や短波放送関連者はこれより10-20dB低い値を要求しています。電話線を用いたHome-PNAという通信システムはNB30 に適合し、実際に出荷されて短波通信を蝕んでいます。VDSLも規格化が完了直前の段階です。


参考文献


追補・修正

2001-05-26 「電界強度は距離の二乗に反比例」と書いていましたが、距離の二乗に反比例するのは電位です。電界強度は距離に反比例します(tnx. JP3PZD)。
2001-05-26 線状に電波が広がっていく場合は 電界強度は距離の平方根に反比例します(tnx 杉山さん)
2001-05-28 国際アマチュア無線連合第一地域の2001年3月のニュース(IARU region1 News March 2001)に PLC forum Workshopの件が出ています(p3〜)。「規制は50[dBμV/m]で十分」とするドイツテレコムに対し、RSGB EMC コンサルタントのG4JKSは「30[dBμV/m] でもアマチュア無線の信号は殆どマスクされる」と反論し、また NATO は「3dBノイズが増えただけでも短波通信が非常に厳しい」と言っています。
2001-06-01計算式の書き間違えを修正(結果は変化無し)。参考資料を追加し、結果にも少し加えた。
2001-06-05近傍電界について加筆。短波通信・受信全般をターゲットにした。
2001-06-11結果の所をすこし削除
2001-07-02帯域とノイズの関連を修正、NB30規格の追加
2001-07-05実際にどれだけ漏れるのかを追加
2001-07-07リンクを多少追加
2002-01-31帯域との兼ね合いに関する計算式を修正(10÷3ではなく、3÷10)
2002-05-14


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