赤城実験結果の分析と考察

電力線搬送通信(PLC)の短波利用、とりわけ漏れ電界への懸念が短波ユーザの間で広まった結果、2002年1月26-27日にわたり 日本アマチュア無線連盟(JARL)と電波産業会(ARIB)による合同実験(赤城実験)が行われました。そして 2002年4月4日に実験結果が日本アマチュア無線連盟のWebpageに掲載されましたので、内容について考察を加えたいと思います。

なお、執筆者の鹿山は実験作業班の一員として赤城実験に従事しておりましたが、 作業班の任期は2002年4月3日に満了しており、また公開されているデータのみを用いて執筆しておりますので、当記事は鹿山個人の意見であり JARLおよび電磁環境委員会の意見ではありません。質問等は必ず鹿山 (kayama@sannet.ne.jp)宛にお願い致します。


要旨

要旨は以下の2点です。


アマチュア無線業務への影響

米国のPLC機器開発団体であるHomePlugでは アマチュアバンドにのみデジタルノッチを掛ける(=通信に使用しない) ことによってアマチュアバンドへの影響を押さえるという 方針を採っています。しかし、スペクトルの広がりがどうしても生じ いくらかの高周波がアマチュアバンド内にも入ってきていますので、 HomePlugでは アマチュアバンド内に漏れる電力を通信に使う周波数部分の 1/1000 (電力換算で -30dB)以下にするよう定めています。

そのためアマチュアバンドへの漏洩電界は弱く、-98[dBm] = 1.6×10-13[W](デシベルから実値への換算方法は下記)までしか計測できないスペクトルアナライザーでは値を読みとることが出来ません。

しかし、この 1.6×10-13[W] という電力を電圧に換算(E=sqrt(RP), R=50。理由は下記)すると sqrt(50×1.6×10-13) = 2.8×10-6[V] = 2.8[μV] (50Ω負荷時)になり、受信機では十二分に受信できる電圧です(下のS評価表に照らし合わせると S5 に相当)。これよりノイズの低い状況はみなさん経験されていると思いますので、「スペクトラムアナライザで値を読みとれないからアマチュアバンド内への影響が無い」という判断は全くの誤りです。
これは、実際に実験の評価者が -130[dBm](10-16[W])以下という超微弱信号を聞こえたと判断していることからも容易に推しはかることができます。

そこで、今回の赤城実験では

微弱信号の大きさを変え、聞こえるか否かがモデムのon/offによってどう変化したか

を基準にアマチュア無線業務への影響を調査しました。また、この実験方法を採用することによって

といった問題を回避することが出来ます。

今回の赤城実験データのうち、4630kHzを除くアマチュアバンド内では このデジタルノッチが効いていますが、JARLのWebpageに掲載された結果およびPDFで提供されている実験データの表3〜10を見る限り、微弱信号の聞きやすさに関して明らかな差が出ています。

オピニオン評価の結果
オピニオン評価の結果(実物はjarl.or.jpにあります)

この図によれば 例えば 7[MHz] では 5[dB] の悪化が見て取れます。これは

モデムoffのときに聞こえていた信号がモデムonの時には聞こえなくなり、モデムoffの時と同じように聞こえるためには 信号を5dB 大きくしないといけない

ということを意味します。実運用に置き換えますと、もしあなたがノイズぎりぎりにしか聞こえない相手と交信している時に 隣室でPLC モデムの電源を入れられると、あなたは隣室の住民に「モデムの電源を切ってくれ」と言うか、相手局に「パワーを3倍にしてくれ!」と言わなければならないわけです。

「PLCの短波利用はアマチュア無線業務に影響がある」と判断できます。


その他の業務への影響

赤城実験で示されたスペクトルデータから、 ガードの掛かっていない(=通信に使っている)周波数における 電力線搬送装置(PLCシステム)からの漏れ電界の影響を計算してみました。

スペクトルデータ
スペクトルデータ(実物はjarl.or.jpにあります)

上図のスペクトルデータでは、最大 -80[dBm] = 10-11[W]の電力を受信したとあります。またこのデータは 周波数幅 3[kHz]で測定したものであり、これに対して短波放送の帯域幅は 6[kHz]ですので、受信する電力は倍の 2×10-11[W] になります。

この場合、受信電圧 E は sqrt(50×2×10-11) = 3.16×10-5 = 31.6[μV]となります(E=sqrt(RP), R=50。理由は下記)。

ちなみに、この実験で用いたアンテナ(データのp3に記載有り。WD330S = 10m長T2FDアンテナ)の利得をJE3HHT森さんのMMANAで計算すると、7MHzで -13.65[dBi] と出ました。よって、ダイポールアンテナ(利得 2.15[dBi])で受信したと仮定すると 13.65[dBi]+2.15[dBi] = 15.8[dB] = 6.16倍の電圧(電圧比10倍で20[dB]のため)になり、195[μV]と見積もることが出来ます。

31.6[μV]および195[μV]をS評価で表すと それぞれS8、S9+12dBとなります。短波放送など他短波業務への影響はなおさら看破できないとみて差し支えないでしょう。

以後、他バンドへの影響を計算する予定


付録

電力と電圧の変換方法

電力の単位は[W](ワット)、電圧の単位は[V](ボルト)です。 電流は[A](アンペア)、抵抗は[Ω](オーム)。
それぞれ 記号では P, E, I, R と書かれます。

電流は「電圧÷抵抗」で求まります (I = E/R) 。例えば 1.5[V]の乾電池に 100[Ω]の抵抗を繋ぐと、 1.5[V]÷100[Ω]=0.015[A]=15[mA]の電流が流れます。

電力は「電圧×電流」で求まります (P = IE) 。上の例では 1.5[V]×0.015[A]=0.0225[W]=22.5[mW]の電力が消費されます。

また、P = IE の "I" に I = E/Rを代入すると P = E2/R、つまり抵抗が一定である場合は、電力は「電圧の二乗÷抵抗」でも求めることが出来ます。上の例で言うと電力=1.5×1.5÷100=0.0225[W]となり、(当たり前ながら)同じ値が求まります。

デシベル表記([dBm]・[dBμ])について

[dBm], [dBμ]は電力・電圧を対数で表したものです。
[dBm]は電力の単位で、1[mW] = 0[dBm] かつ 電力10倍が +10[dB]に相当します。

P[mW] = 10log10P[dBm]
p[dBm] = 10(p/10)[mW]

電力実値[mW] 電力デシベル表記[dBm]
0.1 -10
1 0
10 10
100 20

[dBu]は電圧の単位で、1[μV] = 0[dBμ] かつ 電圧10倍が +20[dB]に相当します。

E[μV] = 20log10E[dBμ]
e[dBμ] = 10(e/20)[μV]

電圧実値[μV] 電圧デシベル表記[dBμ]
0.1 -20
1 0
10 20
100 40

T2FDとダイポールアンテナの利得の差 15.8[dB]を電圧比6.16倍と表したのも、電圧を扱うときは 20[dB]で10倍だからです。

電圧とS値の関係

昔から通信業界ではS幾つという言い方で信号の強さを表してきました。これは正確な測定器を持っていないことが多かったためで、今でも信号強度を見るメータは「Sメータ」と呼ばれ、このメータにはS1〜9,+20dB,+40dB,...と刻まれています。

業務用通信機の「Sメータ」は以下のように構成されています(アマチュア無線機のSメータは目安でしかありません)。信号の電圧を基準としていますので、20dBが10倍を意味します(電力は10dB=10倍)。

S値電圧聞こえ方の目安
S9+60dB50mV
S9+50dB15mV
S9+40dB5mV
S9+30dB1500μV
S9+20dB500μV
S9+10dB150μV
S9 50μV ノイズ無し。完全に聞き取れる
S8 25μV
S7 12.5μV 多少ノイズもあるが、全く問題ない
S6 6μV
S5 3μV 集中すれば十分聞き取れる
S4 1.5μV
S3 0.75μV 集中しないと聞き取るのが難しい
S2 0.3μV
S1 0.15μV聞き取るのが非常に困難

電圧は 50[Ω]負荷時。
出典:HamJournal誌 #94号 pp.8


修正・追加履歴

2002-04-09
初稿
2002-04-10
結果に対する表現を追加。

文責:JL4CVB 鹿山 俊洋 (kayama@sannet.ne.jp)
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